犬は月をめざす

もっとブワァー!ときてボーンと!

『プラダを着た悪魔』を観たんご。

2006年の映画。えーーーーーーーーーーーーーーーと?今は??2015年だから…??あれっえっうそっ!!キュキュキュキュキューネン!?!9年前?!?9年?!!恐ろしい!!9年あれば小学校低学年の子が次会ったときは高校生とか、そういう9年ですよね?時の流れイズやばいですね。というわけで2006年の映画を2015年に観た感想です。

まずね、テンポがよかった。映像の流れがサクサクしててテンポが良いのでDVDで映画を見るときは必ず3回以上休憩を挟む私が1回の休憩だけで観れました!素晴らしい。

ストーリーはね、ストーリーは……このクソババアが!!!死ね!!ファックファックファックファック!!!!!って映画の7割くらい思ってましたね!!
うん、ごめんね。わかんないよね全然!以下、wikiのペディアから引用します。

名門ブラウン大学(映画版ではノースウェスタン大学)を卒業し、ジャーナリストを目指すために田舎からニューヨークへとやってきたアンドレア・サックスは、幸運にも何百万の女性の憧れとする仕事・ファッション雑誌『ランウェイ』の編集部へと就職した。しかもその編集長でファッション業界に対し絶大な影響力を誇る、ミランダ・プリーストリーのアシスタント職である。だが、ミランダは自分の身の回りの世話をアシスタントに押し付けるなどの横暴を発揮する最悪の上司であり、今までに何人もがこの仕事を辞めていたのであった。ファッションには何の興味もなかった彼女であるが、本来の目的である文芸誌での仕事への足がかりとして、彼女の悪魔のような要求に耐えていく。


引用に少し書いてあるけど、上司の鬼ババアが仕事はできるけどとてつもないクソでして、どの辺がクソかというと、うーんとねほとんどクソです。
アシスタントのデスクにコートとバッグを毎朝投げ置き、朝のコーヒーは熱々じゃないとダメ、アシスタントは名前が何であろうとエミリー、悪天候のため飛行機が飛ばないのに帰りたいと駄々をこねもちろん帰れるはずがないのをアシスタントのせいにして出版前のハリーポッターシリーズが読みたい、開店前のステーキが食べたいなどの無茶難題を押し付ける、しかもステーキは予定が変更になったと言って食べない、自分の子供の宿題をアシスタントにやらせる、、、などなど。
こんな奴が母親だとね、絶対絶対絶対子どもグレますね!!確実ですよこれは!!最後らへんに「私のことはゴシップ誌に何を書かれてもいいの…でも子どものことは…」みたいに言うシーンあるけど、子どもは親の鏡やでーー????もしもーーーし???ってなりましたね。蛙の子は蛙です!!ああ!!かわいそうに!!!

アシスタントのアンディもファッション誌の仕事についておきながら「その2本のベルトは私には同じに見える」って核爆弾投下レベルの発言をしててアイタタタター!!!たすけてーー!!おかーーーさーーん!!この人たちもうだめーー!!ってなりました。

さてキャラクタの悪口はこの辺にして(スッキリした!!)この映画、割とシビアな映画だなと思ったんです

アンディはファッションに興味がないにも関わらず、ナイジェルおじさんの助けによって変貌を遂げます。そして先輩助手のエミリーに取って代わり、パリに同行します。
この映画でアンディはいつも「仕方がない」と言います。これは逃げのセリフであると同時に強者が弱者を倒すときの言い訳でもある。
消去法であれ自分が選んだ道をあたかもそれしか道が無かったかのようにアンディは「仕方がない」と言います。自分が何を選んだか無自覚。アンディがついているポストは、たとえそれが望んだものではないにしろ、誰かを押しのけて付いているポストなのになー。
才能がある人は、ない人を押しのけてしまう。才能ある人の普通が、才能ない人の努力をいとも簡単に追い越してしまう。そういうシビアさが垣間見えました。
ミランダはアンディにあなたは私と似ていると告げ、さらに言います、
「人が何を求め必要としているかを超え自分のために決断できる」と。これは鬼ババアとはいえ、いい言葉だなぁ!!すべての選択は自分のために決断すべきなんです。自分が理由にならなくちゃダメなんです。でもクソババア!!!!てめーのは度がすぎるで!!!!!!!


最後はちゃんと救いというか、なんと言うか、あります。
用意されたどんな才能も、好きなことには敵いません!!
好きって強いですね。